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高崎れれれっ?歴史漫歩 その1 烏天狗とこんぴらさま

高崎市新後閑町(しごかまち)270にある琴平神社
(国道17号の城南大橋の信号の東隣、琴平神社前の信号入る)
四国は香川県の金比羅(こんぴら)さんから、
高崎藩士の寺田五右衛門宗有
三日三晩で往復し勧請したと
伝えられています。

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社殿に向かって左:吽像           右:阿像

社殿に向かう石段の手前に、
眷属(けんぞく:神様の使い)の
烏天狗の阿吽像(あうんぞう)が建っています。

右側は阿像で、口を開けて
羽団扇(はうちわ)を持っています。
左側は吽像で、口を閉じて
剣を持っています。

ちょっとユーモラスな顔をしていて
親しみを感じます。

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神社境内(左の端に、右側の烏天狗が写っています)

琴平神社の縁日は、毎日10日で、
祖母がよくお参りして
植木を買ってきたりしていました。

今月10日は、時間が早かったせいか
まだお店が1軒だけ。

大きな木(市の保存樹木もあります)に
囲まれていて涼しいです。

寺田五右衛門宗有は、「天真流剣法、健脚。
藩を一刀流に統一せし人。」と
『高崎人物志稿』にあります。
また、高崎藩の分限帳(ぶげんちょう)を見ると
寺田家は、中級藩士クラスのようです。
ほかに、7/11付のブログもご覧ください。

この神社は、もともとお稲荷さんだったそうで
社殿の下の洞窟に安置されています。
上の画像で、烏天狗の右側に穴が見えるでしょうか?

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石段の右にも入口があって中に入ると

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和田稲荷が祀られてます。
高崎で一番古いお稲荷さんだとか。

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石段手前左の水屋「盥漱水」(かんそうすい)
盥漱は、手を洗い、口をすすぐこと、
身を清めることでもあります。
後ろを見ると、
「文政八年十月吉日」に寄進されたと分かります。
文政八年は1825年、今から180年以上前ですね。

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石段の下から、社殿を見上げると
境内より小高い所にあります。
古墳の上に建っているとか。

もともと琴平宮は江戸藩邸にあり、
維新になってこの地に移したと言われているそうです。

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社殿に向かって右側にも石段があり、
登りきったところ(社殿のすぐ右隣、社殿からも行けます)に
宝篋印塔が建っています。

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宝篋印塔は、「宝篋印陀羅尼経」(ほうきょういんだらにきょう)という
お経を納める塔のことで、納めた塔を礼拝すると、
その功徳で、罪が無くなり、苦を免れ、長寿を得るそうです。

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 左から2行目「高崎家士寺田宗有尊信」が見えるでしょうか?

銘文は、蓮華座の上の基礎部分の
正面から右回りに刻まれていて
 「宝篋印陀羅尼経曰(いわく)」から始まり、
左側の後半部から後ろ側にかけて、
 「高崎家士寺田宗有尊信、
   金毘羅大権現、又
  参禅而、奉持斎戒以祈
  祷
  君家長久家士安全多
  年矣遂、営造宝塔一基
  ‥‥‥
  時文化十三丙子年
     五月吉日 」とあります。
文化13年は、1816年。

また、台石部分(画像で少し黒く見える)にも
銘文があり、右側から始まり、正面、
左側まで刻まれています。

これには、
この宝篋印塔などが、江戸藩邸から維新の際に
移されたエピソードが、
玄孫(やしゃご:孫の孫、ひ孫の子)の寺田閏三や
藩主のことも含めて語られています。

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 「明治丗二年五月 社司 高井東一」

文面の最後には、
  明治32年5月、
  社司(しゃし:神職)の高井東一と、
  社総代の清水孫三郎ほか8名、社格代理の新井要、
  世話人の悴田平七、書は萩原芳?
  石工が相澤小平
と、関係者の名前が彫られています。

明治32年は、1899年ですので、翌年が高崎の市制施行ですね。

高井東一は、高崎神社(旧名:熊野神社)の宮司で、
昭和4年(1929)、えびす講を始めるために、当時の青木市長が
美保神社の分霊の手続きについて問合せ、
交渉にあたったのは高井東一、
そして第1回のえびす講が開催されたのです。

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社殿の扁額(へんがく:建物の高い位置にある額で、寺社名などが書かれている)は、
昭和2年に宇喜代(うきよ:ビューホテルの建っている所にあった高級料亭)が
寄進していますし、ほかにも見所がたくさん。

小諸に出かけたことがきっかけで始めた
「高崎れれれっ?歴史漫歩」シリーズ。
まだ、シリーズになってないですね(笑)

参考:
『高崎の散歩道』
『高崎漫歩』
『高崎人物志稿』
『上野国神社明細帳』
『上野国郡村誌』
『上毛及上毛人』
『高崎市史』ほか
Nさんにご教示もいただきました。
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