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懐古神社の石標

懐古神社は、懐古園の旧本丸跡にあります
明治13年(1880)に、小諸藩の旧士族たちが
祀ったとのこと

懐古神社の鳥居の前に
石標が2基建っています

DSCF8379.jpg
向かって右:小諸城址

DSCF8377.jpg
向かって左:懐古神社

結構大きな石標です

前に来た時は気づかなかったのですが
神社側(後側)には、小諸藩の境界が
刻まれてました

DSCF8381.jpg
右を神社側から見ると:従是東小諸領(これより東、小諸領)

DSCF8375.jpg
左を神社側から見ると:従是西小諸領

説明板には、
 こもろりょう きょうかい せきひょう
  小諸領境界石標
  文化3年(1806)建立
  東 追分の原(軽井沢町)
  西 笠取峠(立科町)
とありました

ずうっと前、笠取峠に行ったとき
この石標のレプリカが建っていました
コレだったのね

で、何が言いたいのかというと、
徴古館に、刻まれた文字の
原本が展示されていて、
市河米庵(いちかわべいあん)の書でした
石標と同じ大きさでしょうか
とても大きくて立派な字です

市河米庵は、江戸生まれですが、
市河家は、もともと南牧村出身
そう、群馬県の関係者です

幕末の三筆(さんぴつ)として有名な書家
群馬県の江戸期の文人で、
父の寛斎(かんさい)は、漢詩人


群馬県 - 郷土の偉人を見ると
            
http://www.pref.gunma.jp/07/k09310019.html

スゴい一家ですね
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